当たり前を疑ってみる
自分でこれは至極当然のこととして、議題にも上がらないってことってありますよね。結構周りの共通認識だったりして。例えば"仕事を頑張って、お金を稼いでそれで美味しいもの食べたり、景色の良い場所行ったり温泉行く"とか。何がおかしいの?みたいな。当たり前じゃないみたいな。
"仕事頑張らないと、お金って稼げないの?"
"仕事って頑張らないといけないものなの?"
稼ぎ方って実は色々あるし、稼ぐというか貰ってる人もいるし。
頑張らないで楽しんでる人もいるし。
『でもそれが出来る人は、全人類の中で数%しかいない。自分は違うから頑張って汗水流して働かなくてはならない』
これって↑のように自分で設定してるから、そのように現実が作られているんですよね。
その願いが叶っているというか。
『数%でもいるなら同じ人間なんだし、それは自分の一つの可能性として見せてくれた訳だし、自分でもできる』
そう設定してみたらいかがでしょうか。
ばびの場合
なので私は毎晩アファメーションで下のように言っています。
「私の調子が良かろうが悪かろうが、仕事頑張ろうが頑張らなかろうが、なぜだかわからないけど毎月充分な量のお金が入ってきて、生活に困らず、そのお金で人の役に立てるよう循環することが出来ています。ありがとうございます。」
「私がモテる為に努力をしようがしまいが、どんな体型であれ、彼氏はできて、しかもその相方のおかげで、生活は更に楽しくなり、更に人に還元できて、ラクに楽しくハッピーに生きていける人たちが増えました。ありがとうございます。」
お金の方はなんだかんだいって生活はまわってますね。これからもっと循環できるお金が増えたらなとは思います。
彼氏はまだ実験中です笑
ま、でもホントに、当たり前を疑って、設定し直すを繰り返すことで、これでもだいぶラクになりました。自分でツラいなと思っていることって大概自分の設定ミスなんだなと。自分で自分の首絞めてるみたいな。全部じぶんのせい。